大木式ソーセージが情報誌「るるぶ」に掲載されました。

4月1日に成田空港周辺版の「るるぶ」が発行されました。
大木式ソーセージも掲載していただいております。
ご希望の方は横芝光町商工会館にて無料でお配りしていますので是非お立ち寄り下さい。
(なお窓口での配布のみとさせて頂きます。郵送等はご遠慮下さい。)

12961675_693885580751310_157506250862070779_n 12932665_693885597417975_7573687660031391187_n

 

「日本におけるソーセージ発祥の地は横浜だった」その2

先のソーセージ発祥の地が横浜であることが判明したことに補足しまして、昭和45年に日本食肉加工協会より発行された「食肉加工百年史」に関連する記述がありましたので、以下抜粋させていただきます。

「明治の名士とハムの話」

 有名な「食道楽」書いた村井弦斉氏の夫人のお話では、明治30年前すでに後藤象二郎のコック部屋には、光明丹で赤く塗られたハムが2、3本吊られていたそうである。当時はほとんど外国製でとくに英国産が甘みがあり美味でったという。買入先は横浜市山下町59番(輸入食料品店)や横浜支那人街、四谷松葉屋、虎ノ門伊豆滝などで、当時は、ハムやソーセージ、かん詰めも各店にあった。(中略)
柳沢元伯爵※のお話では、横浜市山下町のドイツ人ヤコブ・ベルテの製造したハムを愛用した由である。(抜粋以上)

以上のように、ソーセージの伝来は明治20年頃、横浜であったことが有力と思われます。大木市蔵の著書「実用豚肉加工法」においてもヤコブ・ベルテの名前は出てきていました。この方が日本で初めてソーセージの製造を始めたのでしょうか?興味深いところです。

※後の第一生命初代社長である柳沢保恵氏と思われる。

「ローマイヤーのオーナーは大木市蔵だった?」

アウグスト・ローマイヤーって知っています?

皆さんがよく食べるロースハム、考案したのはドイツ人のアウグスト・ローマイヤー(以下、「ローマイヤー」という人なんです。
ローマイヤーは第1次世界大戦、青島で捕虜になり、久留米の捕虜収容所に連れてこられます。大正9年に開放になり、ドイツで食肉加工の職人であったローマイヤーは東京の帝国ホテルに就職、その腕が確かであったことから、出資者がつき大正10年に独立、山の手線大崎駅の南の南品川三つ木というところに、工場を構え「合資会社ローマイヤー・ソーセージ製作所」としてスタートします。製品は確かなもので取引先を順調に伸ばしていきますが、突然悲劇が訪れます。
大正12年に9月1日に起きた関東大震災です。東京にあったローマイヤーの工場も被災、ローマイヤーは保管してあった製品を「日本にいさせてもらっている恩返しだ、皆さん食べて下さい」と被災者に配ります。奥さんのフサさんも大鍋にお湯を沸かしスープを作り振る舞いました。
しかし、なんとそのことを「なんで会社の商品を無料で配ったんだ、売り物だぞ」と出資者から咎められてしまいます。
ローマイヤーは耳を疑います。考え方が違う、この人達と事業を続けるのは無理だと判断、当時の荏原郡品川2丁目五日町に土地を借り再出発します。
そんな、苦労をしたローマイヤー、どういう訳か大正14年、東京銀座並木通りの対鶴ビルに直売店を出し、その地下にレストランを開くことになります。銀座への出店ですから大変な資金が必要だったはず、どうしたのかという疑問がありましたが、これに関して貴重な資料を見つけました。出典は大正13年8月に中央畜産会より発行された「畜産と畜産工芸第11巻8号」です。

1576_660583600748175_2227286734272113930_nこの号に大木商店の広告があり、「ローマイヤーを大木商店に合併し、市蔵が経営を取り仕切ることになった」との記載があります。大木市蔵が出資者だったのか?
この合併されたローマイヤー(事業所名)とは、大崎の合資会社ローマイヤー・ソーセージ製作所なのか、再独立後のローマイヤーなのかは、現状では不明ですが、この話のやや前のいきさつ(http://ham-sausage.com/?page_id=1262)から後者が有力ではないかと考えられます。

なお、ローマイヤー氏の加工技術は、日本における4つの加工技術の流れの1つ、ローマイヤ流と呼ばれています。(その他の3つは大木流、畜産試験場流、鎌倉ハム流)

ローマイヤーについてはこちら
http://www.lohmeyer.co.jp/r_story.html
ローマイヤーレストランについてはこちら
http://nihonbashi.stardining.jp/

ローマイヤーの生涯については、シュッミット・村木真寿美氏の著書、「ロースハムの誕生 アウグスト・ローマイヤー物語」を参考にさせていただきました。

「大木式ソーセージ」 を横芝光町の給食へ

今朝の土屋青年部長、大木式ソーセージを町内の子供達に食べてもらいたく、朝一で趣意書を携え給食センターにお願いに行きました。

大木式ソーセージを通じて、食育や地産地消、地元の産業や歴史に触れてもらい、「横芝光町」ってこんな町ですって楽しく語れるようになることを夢見ているようです。

IMG_3065

 

日本におけるソーセージ発祥の地は横浜だった。

日本食肉加工協会発行より昭和45年10月に発行された「食肉加工百年史」においても、今日肉製品と呼ばれているハム、ベーコン、ソーセージ類の製造が日本でいつごろから開始されたかは明確に知りがたいとされています。

資料によれば大木市蔵は明治45年に横浜でソーセージの製造を始めていますし、大正3、4年頃には神戸や長崎、久留米などでも製造が行われていたことが農商務省職員であり畜産試験場の技師であった飯田吉英氏の調査によっても判明しています。

また官の側では、明治41年から東京駒場にあった月寒種畜牧場渋谷分場(通称畜産試験場)おいてソーセージの製造に関する研究が行われており、明治43年には飯田吉英氏によりアメリカ式ソーセージの製法が公開、講習会も開催されます。

一方で千葉県習志野市は、大正7年、当時習志野市にあった習志野俘虜収容所にいたドイツ人捕虜が、飯田吉英氏に10日間に渡りその製法を公開したことから、ソーセージ伝来の地、ソーセージ製造発祥の地としてPRしています。

このあたりの歴史を整理したく調査していたところ、国立国会図書館のマイクロフィルム資料に飯田吉英氏による貴重な記述がありました。以下引用します。

「肉食問題の解決とソーセージ」畜産試験場 飯田吉英

ソーセージ(Sausage)と云ふ言葉は英語であって、佛國ではソーシーズ(Soucisse)、獨逸では(Wurst)ヴオスト(中略)と呼んで居る。従来我が国では腸詰と呼んで居たが、この腸詰と云う言葉は潔癖ある我國人には適していない。やはりこれは英語読みにソーセージと云ふ方が感じが好く又通りが好い様である。支那では香腸と呼んで居る。我國でソーセージを製造し始めたのは横浜在留の外人で、明治20年頃から漸次京濱間の内外人の間に売込まるるようになった。一般の人が着目する様になったのは全く最近の事實でこれは日独戦争後独逸俘虜の在留するものが製造を開始したることが大なる動機である。併しながら一般から言へば未だソーセージがどんな肉であるかを知らない人が大多数である。これを全国に普及する様に努力することは肉食奨励上目下の急務と考へるのである。
(出典「畜産と畜産工芸」第10巻11号 中央畜産会 1924年(大正13年))

飯田吉英氏は官の側におけるハム・ソーセージの第1人者。ハム・ソーセージに関する文献のほとんどは、この方の調査結果が基礎となっているのですが、上記の部分はすっかり埋もれてしまっており全く取り上げられてきておらず、今回当会の調査によって判明しました。

外国人により、横浜でソーセージの製造が始まった20数年後の明治45年、ドイツ人マーテンヘルツより大木市蔵にドイツ式ソーセージの製法は受け継がれ、そこからさらに日本の気候、日本人の味覚に合うよう研究され、日本に広まっていき、その食肉加工法は大木流と言われています。

昭和12年発行の大木ハムのパンフレットにある一文、「小店主は日本人として初めてソーセージの製造を始め」の部分につながっていきます。

なおソーセージの歴史に関しては参考資料メニューの中で取り上げていますのでご覧ください(今後年表化してこちらのサイトに掲載したいと思います)。

 

 

「大木式ソーセージ」フードショップいちはら店頭でもお買い求めいただけます。

大木式復刻ソーセージのお歳暮ギフト、昨年中に約500個ほどご注文いただきました。店頭にての単品販売はできないのか?という声にお応えして、「フードショップいちはら」(横芝光町)で店頭販売を開始しましたのでお知らせいたします。ただいま発売記念につきお試し価格でのご提供です。
※遠方からお越しのお客様、お取り置きもできますので是非お問合せ下さい。

フードフードショップいちはら
千葉県山武郡横芝光町横芝1337-2
TEL 0479-84-0302
営業時間 午前8時30分~午後8時
http://fs-ichihara.com/

11215511_944400882315109_1387984913635383368_n

12345599_944399788981885_4616086751559568837_n

11/7(土)、8(日)ジャパンハーヴェスト2015 に出店します。

11月7日、8日の2日間、東京都千代田区丸の内で開催される「ジャパンハーヴェスト2015 」に横芝光町商工会青年部が出店します。

出品物は、「復刻版大木式ソーセージ」、さんぶNO1グランプリで最優秀賞と審査員特別賞を受賞した「熟成ハム串」、ノンスモークタイプの「九十九里生フランク」です。

どれも千葉県産の豚肉を使用した逸品となっております。

出店エリアは丸の内仲通り「食の日本代表エリア」です。

販売時間は午前11時から午後4時まで。

東京駅から徒歩1分です。是非お越しください。

japanharvestsausage

 

 

 

 

11200774_587572154715987_3216658592635430158_n10337719_581136295359573_5019128606482727643_n

「復刻版大木式ハム・ソーセージ」お歳暮ギフトとして受付開始です。

約1年半の期間開発を行ってきた大木式ハム・ソーセージ、本日よりお歳暮ギフトとしてリリースいたします。

昨年度は昭和8年に発行された大木市蔵氏の著書「実用豚肉加工法」に基づいた製品の復刻を目指して活動していましたが、まだ冷蔵庫も普及しておらず、国産ハム・ソーセージの最大の消費先は一般家庭でなく軍や長期航路の船舶会社という時代背景から、ハムもソーセージも保存性を高めるために塩分も高め、逆に脂肪分は少なめで現代の日本人の嗜好にはちょっと難しいかなという状況でした。

しかし調査により大木ハムにて作られていた製品も時代の流れとともに変化していることが分かり、私たちは先の昭和初期の製品を大木ベーシックとしてジャンル分け、昭和40年代に横芝光町の大木ハムで製造されていた製品を大木クラッシックとして銘打ち復刻させました。

横芝光町産の豚肉を使い、化学調味料は使用せず、素材の味を存分に引き出した製品となっています。同じく横芝光町で戦前よりワイナリーを営む、斉藤ぶどう園さんの無添加ワインとのセットもご準備しましたのでぜひお買い上げくださいますようお願いいたします。発送は12月1日より申し込み順の予定です。

お申込み・お問合せはフードショップいちはらさんへ。(画像クリックでジャンプします)

 

お歳暮チラシ表面

11月1日が「ソーセージの日」として認定を受けました。

最近は色々な記念日がありますが、「ソーセージの日」というものは無く、何とか設けられないものかと当部で検討をしておりました。

kanagawakyoushin2これまでご紹介の通り明治時代からソーセージの製法に関する文献はありましたが、日本食肉加工協会発行の「食肉加工百年史」においても、日本国内でいつからソーセージの製造が始まったのかは不明であるとされていました。
一方で業界の品評会に国産ソーセージが初めて出品されたのは、大正時代に神奈川県で開催された「第1回神奈川県畜産共進会」にて大木市蔵氏のソーセージ(出品者の名義は江戸清高橋清七氏)であったということで、その開催日を調べたところ、大正6年11月1日でありました。

このことから、この日が日本で初めて国産ソーセージが陽の目を見た日として「日本記念日協会」に申請したところ、無事認定されました。
ちょうど私たちの大木式ソーセージのお歳暮ギフトのリリース日もその日を予定しておりこれ以上ないタイミングでの認定です。


記念すべき「第1回ソーセージの日」となる今年の11月1日、皆さん是非ソーセージを食べて下さい。

実は我々すでにロゴを作っていたりします。(笑)
sawsagedayrogo

 

 

 

 

 

 

 

 

【日本記念日協会さんのサイトはこちら】
http://www.kinenbi.gr.jp/

WEBサイト開設しました。

平成27年4月1日、日本にハム・ソーセージを広めた千葉県横芝光町出身の偉人、「大木市蔵」の功績を残すべくサイトを開設しました。当サイトは千葉県商工会青年部連合会の「若手後継者等育成事業」として、横芝光町商工会青年部のメンバーによって、1年間に渡る調査・研究の末開設に至りました。コンテンツ内容はまだまだ十分とは言えませんが、これからさらに拡充していく予定ですので、末永くこのサイトをご愛顧下さいますようお願い致します。