ナポリタン発祥の地「横浜」

今年の1月、ソーセージ発祥の地が横浜であったことが判明した直後、横芝光町でカフェを営むfu-fu-cafe(フーフーカフェ)さんより次の情報がもたらされました。

「ナポリタン発祥の地は横浜で、実はその時に使われていたハム・ソーセージは大木ハムのものであったかもしれない」とのこと。
調べてみると、ナポリタンの発祥は横浜の山下公園前にあるホテルニューグランド、そして大木ハムはこのホテルにもハムやソーセージを納品していたようです。

詳細は「はまれぽ」さんの記事を参照
http://hamarepo.com/story.php?story_id=44

確かにこの情報の信ぴょう性は高いかも、でもずいぶん昔の話しだし調査にはちょっと腰が引けていたのですが、なんとfu-fu-cafeさんの2名は横浜まで調査に行ってしまいました。
伺った先は、ホテルニューグランドではなく、ケチャップを使ったナポリタン発祥の店と言われている「センターグリル」さん、覆面調査員と化した2名、ナポリタンを食べながら「あーだこーだ」言っていたのが目についたのでしょう、会計の時に店主の方から、
「うちのナポリタンどうだった?」と声を掛けられます。
覆面調査員の2名、覆面を脱ぎ捨て正直に来訪の目的を告げました。すると店主の方は、
「うーん、当時の話しは分からないけど、せっかく千葉から来たんだからうちの作り方見て行きなよ、別に隠すものないし、うちはうちだから。」
なんとまだまだ他のお客さんもたくさんいらっしゃるのに、厨房に通してくれ、包み隠さずナポリタンの作り方を教えて下さいました。
教えていただいた秘伝はここでは公開しませんが、そんなこんながあってできたのがこちらの「大木式ハムのナポリタン」です。今週土曜日よりランチ限定でfu-fu-cafe実店舗にて提供するそうです。
こんなストーリーのあるナポリタン是非食べにいってみて下さいませ。

fu-fu-cafe

 

 

 

 

 

 

●店舗名 fu-fu-cafe(ふーふーカフェ)
●住所 千葉県山武郡横芝光町栗山272-7-C
●交通 JR横芝駅から徒歩18分
●TEL 0479-82-2020
●営業時間 11時~18時30分LO
●定休日 現在改装中に付き変則営業中です。確認の上来店して下さい。
●フェイスブックページ https://www.facebook.com/Fufucafe-321698328029604/?fref=ts

大木式ソーセージが情報誌「るるぶ」に掲載されました。

4月1日に成田空港周辺版の「るるぶ」が発行されました。
大木式ソーセージも掲載していただいております。
ご希望の方は横芝光町商工会館にて無料でお配りしていますので是非お立ち寄り下さい。
(なお窓口での配布のみとさせて頂きます。郵送等はご遠慮下さい。)

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「日本におけるソーセージ発祥の地は横浜だった」その2

先のソーセージ発祥の地が横浜であることが判明したことに補足しまして、昭和45年に日本食肉加工協会より発行された「食肉加工百年史」に関連する記述がありましたので、以下抜粋させていただきます。

「明治の名士とハムの話」

 有名な「食道楽」書いた村井弦斉氏の夫人のお話では、明治30年前すでに後藤象二郎のコック部屋には、光明丹で赤く塗られたハムが2、3本吊られていたそうである。当時はほとんど外国製でとくに英国産が甘みがあり美味でったという。買入先は横浜市山下町59番(輸入食料品店)や横浜支那人街、四谷松葉屋、虎ノ門伊豆滝などで、当時は、ハムやソーセージ、かん詰めも各店にあった。(中略)
柳沢元伯爵※のお話では、横浜市山下町のドイツ人ヤコブ・ベルテの製造したハムを愛用した由である。(抜粋以上)

以上のように、ソーセージの伝来は明治20年頃、横浜であったことが有力と思われます。大木市蔵の著書「実用豚肉加工法」においてもヤコブ・ベルテの名前は出てきていました。この方が日本で初めてソーセージの製造を始めたのでしょうか?興味深いところです。

※後の第一生命初代社長である柳沢保恵氏と思われる。

「ローマイヤーのオーナーは大木市蔵だった?」

アウグスト・ローマイヤーって知っています?

皆さんがよく食べるロースハム、考案したのはドイツ人のアウグスト・ローマイヤー(以下、「ローマイヤー」という人なんです。
ローマイヤーは第1次世界大戦、青島で捕虜になり、久留米の捕虜収容所に連れてこられます。大正9年に開放になり、ドイツで食肉加工の職人であったローマイヤーは東京の帝国ホテルに就職、その腕が確かであったことから、出資者がつき大正10年に独立、山の手線大崎駅の南の南品川三つ木というところに、工場を構え「合資会社ローマイヤー・ソーセージ製作所」としてスタートします。製品は確かなもので取引先を順調に伸ばしていきますが、突然悲劇が訪れます。
大正12年に9月1日に起きた関東大震災です。東京にあったローマイヤーの工場も被災、ローマイヤーは保管してあった製品を「日本にいさせてもらっている恩返しだ、皆さん食べて下さい」と被災者に配ります。奥さんのフサさんも大鍋にお湯を沸かしスープを作り振る舞いました。
しかし、なんとそのことを「なんで会社の商品を無料で配ったんだ、売り物だぞ」と出資者から咎められてしまいます。
ローマイヤーは耳を疑います。考え方が違う、この人達と事業を続けるのは無理だと判断、当時の荏原郡品川2丁目五日町に土地を借り再出発します。
そんな、苦労をしたローマイヤー、どういう訳か大正14年、東京銀座並木通りの対鶴ビルに直売店を出し、その地下にレストランを開くことになります。銀座への出店ですから大変な資金が必要だったはず、どうしたのかという疑問がありましたが、これに関して貴重な資料を見つけました。出典は大正13年8月に中央畜産会より発行された「畜産と畜産工芸第11巻8号」です。

1576_660583600748175_2227286734272113930_nこの号に大木商店の広告があり、「ローマイヤーを大木商店に合併し、市蔵が経営を取り仕切ることになった」との記載があります。大木市蔵が出資者だったのか?
この合併されたローマイヤー(事業所名)とは、大崎の合資会社ローマイヤー・ソーセージ製作所なのか、再独立後のローマイヤーなのかは、現状では不明ですが、この話のやや前のいきさつ(http://ham-sausage.com/?page_id=1262)から後者が有力ではないかと考えられます。

なお、ローマイヤー氏の加工技術は、日本における4つの加工技術の流れの1つ、ローマイヤ流と呼ばれています。(その他の3つは大木流、畜産試験場流、鎌倉ハム流)

ローマイヤーについてはこちら
http://www.lohmeyer.co.jp/r_story.html
ローマイヤーレストランについてはこちら
http://nihonbashi.stardining.jp/

ローマイヤーの生涯については、シュッミット・村木真寿美氏の著書、「ロースハムの誕生 アウグスト・ローマイヤー物語」を参考にさせていただきました。

日本におけるソーセージ発祥の地は横浜だった。

日本食肉加工協会発行より昭和45年10月に発行された「食肉加工百年史」においても、今日肉製品と呼ばれているハム、ベーコン、ソーセージ類の製造が日本でいつごろから開始されたかは明確に知りがたいとされています。

資料によれば大木市蔵は明治45年に横浜でソーセージの製造を始めていますし、大正3、4年頃には神戸や長崎、久留米などでも製造が行われていたことが農商務省職員であり畜産試験場の技師であった飯田吉英氏の調査によっても判明しています。

また官の側では、明治41年から東京駒場にあった月寒種畜牧場渋谷分場(通称畜産試験場)おいてソーセージの製造に関する研究が行われており、明治43年には飯田吉英氏によりアメリカ式ソーセージの製法が公開、講習会も開催されます。

一方で千葉県習志野市は、大正7年、当時習志野市にあった習志野俘虜収容所にいたドイツ人捕虜が、飯田吉英氏に10日間に渡りその製法を公開したことから、ソーセージ伝来の地、ソーセージ製造発祥の地としてPRしています。

このあたりの歴史を整理したく調査していたところ、国立国会図書館のマイクロフィルム資料に飯田吉英氏による貴重な記述がありました。以下引用します。

「肉食問題の解決とソーセージ」畜産試験場 飯田吉英

ソーセージ(Sausage)と云ふ言葉は英語であって、佛國ではソーシーズ(Soucisse)、獨逸では(Wurst)ヴオスト(中略)と呼んで居る。従来我が国では腸詰と呼んで居たが、この腸詰と云う言葉は潔癖ある我國人には適していない。やはりこれは英語読みにソーセージと云ふ方が感じが好く又通りが好い様である。支那では香腸と呼んで居る。我國でソーセージを製造し始めたのは横浜在留の外人で、明治20年頃から漸次京濱間の内外人の間に売込まるるようになった。一般の人が着目する様になったのは全く最近の事實でこれは日独戦争後独逸俘虜の在留するものが製造を開始したることが大なる動機である。併しながら一般から言へば未だソーセージがどんな肉であるかを知らない人が大多数である。これを全国に普及する様に努力することは肉食奨励上目下の急務と考へるのである。
(出典「畜産と畜産工芸」第10巻11号 中央畜産会 1924年(大正13年))

飯田吉英氏は官の側におけるハム・ソーセージの第1人者。ハム・ソーセージに関する文献のほとんどは、この方の調査結果が基礎となっているのですが、上記の部分はすっかり埋もれてしまっており全く取り上げられてきておらず、今回当会の調査によって判明しました。

外国人により、横浜でソーセージの製造が始まった20数年後の明治45年、ドイツ人マーテンヘルツより大木市蔵にドイツ式ソーセージの製法は受け継がれ、そこからさらに日本の気候、日本人の味覚に合うよう研究され、日本に広まっていき、その食肉加工法は大木流と言われています。

昭和12年発行の大木ハムのパンフレットにある一文、「小店主は日本人として初めてソーセージの製造を始め」の部分につながっていきます。

なおソーセージの歴史に関しては参考資料メニューの中で取り上げていますのでご覧ください(今後年表化してこちらのサイトに掲載したいと思います)。

 

 

「復刻版大木式ハム・ソーセージ」お歳暮ギフトとして受付開始です。

約1年半の期間開発を行ってきた大木式ハム・ソーセージ、本日よりお歳暮ギフトとしてリリースいたします。

昨年度は昭和8年に発行された大木市蔵氏の著書「実用豚肉加工法」に基づいた製品の復刻を目指して活動していましたが、まだ冷蔵庫も普及しておらず、国産ハム・ソーセージの最大の消費先は一般家庭でなく軍や長期航路の船舶会社という時代背景から、ハムもソーセージも保存性を高めるために塩分も高め、逆に脂肪分は少なめで現代の日本人の嗜好にはちょっと難しいかなという状況でした。

しかし調査により大木ハムにて作られていた製品も時代の流れとともに変化していることが分かり、私たちは先の昭和初期の製品を大木ベーシックとしてジャンル分け、昭和40年代に横芝光町の大木ハムで製造されていた製品を大木クラッシックとして銘打ち復刻させました。

横芝光町産の豚肉を使い、化学調味料は使用せず、素材の味を存分に引き出した製品となっています。同じく横芝光町で戦前よりワイナリーを営む、斉藤ぶどう園さんの無添加ワインとのセットもご準備しましたのでぜひお買い上げくださいますようお願いいたします。発送は12月1日より申し込み順の予定です。

お申込み・お問合せはフードショップいちはらさんへ。(画像クリックでジャンプします)

 

お歳暮チラシ表面